モンゴル温泉?

 まず最初にネタバレをしておくが、これはモンゴルの温泉の話ではない。なんやそれ?って、ここで脱落していく人はかなりいると思われるが、ご勘弁。
 唐突だけど、皆さんは馬に乗ったことはあるだろうか? 馬に乗るとしたら、本格的に乗馬クラブ、牧場での体験乗馬、はたまた観光地での遊覧乗馬となるが、初めて馬に乗ったのは、若かれしころだが、太平洋の孤島、イースター島でのことだった。

 初めての乗馬

 イースター島はモアイ像で有名な島。乱暴に言うとほぼモアイしか見るべきものはないが、島内に点在するモアイを見るためにはレンタカーやレンタルバイクをつかって島を回るのが常道。その両方で連日ほぼ島内のモアイを見終わったころ、ホステルで同宿だった実家がイギリスの牧場という女性が、馬で回らないかと声をかけてきた。馬? なんと、レンタルホースなるものがあったのだ。いやいや、馬なんて乗ったことはないからとしぶっていると、大丈夫、こういう所の馬は調教されてるからなんて言うので、つい話に乗ってしまった。
 翌朝、宿の庭に出てみると馬がおり、無心にもぐもぐと草を食べている。各々が馬を決めて馬にまたがると、馬は歩き出し、自動操縦のように進んでいく。なるほど、馬はコースを覚えていて勝手に連れていってくれるのか。馬にまたがって感じた第一印象は、目線がかなり高いこと。それだけで最初は恐怖を覚える。それでも、ポコポコと土道をゆっくり進んでいくと、すぐに慣れて楽しくなってきた。ところが・・
 馬は人をみると言うが、馬慣れしていないなんてのは簡単に見破られる。おまけに馬はそういう人間をバカにする。最初はゆっくり歩いていたのだが、徐々に早足になっていく。おいおい、ちょっとお前、なんて思っていたら、いつのまにか全力疾走だ。後ろからイギリス娘も追いかけてき何か叫んでいるが、英語なのでよくわからない。あとから思えば、手綱を引けなんて言っていたのだろうが、お互い全速力なのでまったく追いついてはこない。
 これどうすんだ?と思っているうちに、町中に入ってきて道もコンクリートに。すると、目の前に3メートルくらいの幅がある水路が見えてきて、どんどんと迫ってくる。お前、飛ぶのか?と思った瞬間、馬は軽々と飛び越えそこで何事もなかったように急に立ち止まった。え? すぐにイギリス娘も追いついてきて、グッド!なんて言っている。いや、自分が止めたのではなく勝手に止まったんだけどね。近くで、危ねえじゃないかと(現地の言葉のスペイン語で)叫んでいるおっさんがいたが、マジでやばかった。
 あとでホステルのおかみさんから聞いた話だか、数日前に町中で、車のクラクションに驚いた馬から落馬した観光客がいたという。頭を強く打ったそうだが、島なのでたいした病院もないうえに、飛行機も週2便くらいしかない。その観光客がどうなったかまではわからなかったが、もし、落馬して大事にいたっていたら、日本の新聞に「イースター島で日本人、落馬で・・」なんて、大した事件がなければ話題埋めで載っていたかも。
 幸いだったのは、自分がバイク乗りだったこと。バイクは鉄の馬というくらいに、体感は似ている。馬にまたがり生身で疾走する感じは、まさしくバイクと同じ。おかげで、パニックにならなかったのがよかったのだろう。そのあと、合流したフランス人男性が馬を交換してくれ、こいつかなり癖があるなんて言っていたから、あの馬、正真正銘の「じゃじゃ馬」だったってことか。メスだったかどうかは知らんけど。
 そんなことがあったにもかかわらず、そのあとも海外で何度か馬に乗ったが、馬に乗るのはなかなか楽しい。で、ここでモンゴルとなる。モンゴルといっても現地ではなく、日本でモンゴル馬なのだ。  

 モンゴル馬に乗る、そして温泉

 長野の蓼科に、モンゴル馬に乗れる施設があるというので誘われて行くことにした。「モンゴル乗馬・ノーサイド」はモンゴル馬を飼育している牧場で、野外騎乗を専門とする乗馬クラブ。そこで体験乗馬ができるという。予約した時間にいくと、当然のごとく馬がいる。普通に見慣れた足がすらっとしたやつではない、短足小柄なぬいぐるみ的フォルム。モンゴル馬の特徴は、ひと言でいうと、ずんぐりむっくり。日本の道産子も似た感じだが、それよりも小柄で背も低い。
 この時間の同行は4人で、指導する人が1人の計5人での乗馬ツアーとなる。またがってみると、目線も高くなく、普通の馬よりも安心感がある。最初は馬の操作方法を教わり、囲いの中で慣らし運転? 今まで適当にやってきたので、これを知っていたらイースター島での暴走も止められたに違いない。そう考えて見れば、日本が過保護すぎるのかもしれないが、観光地でも危険な所には柵が張り巡らされている日本に対して、そのまんまな海外。向こうは自己責任が徹底しているのだと、改めて実感する。
 馬の後ろ頭に「よろしく頼むよ」なんて話しかけつつ、皆で連なって野外へ。林間を抜け、牧草地の丘を駆け上がると、気分はモンゴルの遊牧民だ。全部ひっくるめて1時間ほどの短時間ではあったが、久しぶりの馬は、やっぱいいものだなと、改めて感じた。
 さて、ここまできたら手ぶらならぬ、湯ぶらで帰るわけにはかない。諏訪湖ちかくの「民宿すわ湖」に宿をとった。
 民宿すわ湖は、上諏訪駅から湖畔に向かう途中にある、知る人ぞ知る温泉宿。民宿と銘打つが、重厚な木造で趣のある温泉旅館の造り。岩を配した中庭があり、渡り板の両側に玉砂利を敷き詰めた廊下など、随所に和のテイストが散りばめられている。部屋も踏み込み付きになっているなど古き時代の旅館の趣。無料で入れる貸切露天があり、夕食にはすき焼きがつく。それでいて、宿泊料が一泊二食で6000円半ばから7000円ほど。初めてこの宿に泊まったときは、夕食時は自分以外には西洋人男性がひとりで、調理前のすき焼きを目の前にしてどうしたものかと戸惑っていたのを思い出す。その当時は、今よりも安く泊まれてそれほど混んでもいなかったが、今や、週末はなかなか予約が取れない密かな人気宿となっている。
 お風呂は男湯、女湯、それに貸切で入る露天風呂の三箇所。共同配湯ではあるが、すべて源泉かけ流し。内湯はそれほど大きくはないが、宿泊者のキャパも多くはないので夕食前の時間帯以外はほぼ独泉で入れる。貸切露天は岩造りの洞窟風呂風で2、3人のサイズ。こちらのほうは人気なので、空いているのを見計らって入ることにはなるが、よっぽど間が悪くならない限り入りそびれることはないだろう。
 食事は民宿とは思えないほど充実しており、前菜、お造り、焼き物、揚げ物、茶碗蒸しなどの品々と、メインのすき焼きは、小鍋ではなく大鍋。すき焼き屋で食べるくらいのボリュームがあり、家やお店と同じようにそれを自分で調理するのだが、これが満足感があってなかなかいい。やっぱ、すき焼きは自分で焼く行程も含めての充実感だ。翌朝の朝食は素朴な日本料理で、こちらも十分満足のいくものだった。
 モンゴル遊牧民にとって温泉は高嶺の花だが、モンゴル馬に乗ってから温泉。なんとも贅沢なひと時ではないか。
 なにかとりとめのない話になってしまったが、結局なにを伝えたかったのかといえば、たんにイースター島の話がしかっただけじゃない?と問われれば、グーの音も出ないのである。  

(Text & Photo by Shunji Izawa)



イースター島のモアイ像


レンタルホース


馬でモアイ像を巡る


乗馬クラブ・ノーサイドのモンゴル馬


林間を抜ける


まさしくモンゴル草原


民宿すわ湖


民宿すわ湖の貸切露天


民宿すわ湖の内湯(男湯)


民宿すわ湖のすき焼き付きの夕食