台湾プチ温泉旅
2019年11月某日、飛行機の座席予約や台湾のオンライン入国申請などの難題を数日かけてクリアし、キャセイパシフィック航空の昼便で、成田国際空港から台湾桃園国際空港(台北)へ向けて出発した。今回の旅は飛行機の往復チケットと宿泊先ホテル、有名レストランの夕食だけ予約している、仲間内の小旅行である。
桃園国際空港に到着後、台湾元に換金して直ぐに悠遊カードカウンターで「悠遊カード」を入手した。悠遊カードは日本のスイカ同様のチャージ式電子カードで、これから乗る台北MRT(Mass Rapid Transit)はもちろん、市バス、台鐡(台湾鉄道)、コンビニなどで使える今回の旅の必需品で、MRTは二割引になる優れもの(キャッシュレス優待?)。早速、悠遊カードを使ってMRT桃園機場線に乗り台北車站(台北駅)へ向かい、地下通路を彷徨って、駅正面にある宿泊先の「台北凱撒大飯店(シーザーパーク台北)」に着いた。明日からはこのホテルをベースにして、数グループに分かれて各々好きな観光地を巡る予定。温泉好きの数人は、故宮博物院などの観光を袖にして、台北近郊の温泉地を巡る計画を練ってきた。
烏來では空振り
翌朝、ホテル近くの豆奬店にて、台湾の定番朝食の豆奬と小籠包で朝ごはんを済ます。今日は台北から南に約30キロ、標高1000メートルの山あいの溪谷に湯が湧いているという烏來へ行く予定で、河原の露天に日本スタイル(裸入浴)の温泉と、トロッコ乗車に乗って「烏來瀑布」見学が目当て。宿泊したホテル近くの青島西路バス停から、849番の烏來行バスに乗車した。もちろん悠遊カードを使用。バス内の数カ所にカードリーダーがあり乗車時や下車時にタッチするのだが、バス停に着くかなり前にタッチする老人が多く、タイミングが早すぎるのかカードリーダーが頻繁にトラブルを起こしていた。
バスは台北市街を南下し、MRT松山新店線の終点新店站(駅)を通過して、新烏公路を新店溪(川)沿いに少しずつ高度を上げる。途中から烏來を流れている南勢溪沿いとなって、台北駅前から1時間半かかって烏來に着いた。烏來の三つばかり手前のバス停脇に、日本スタイルの温泉として入湯候補に挙げていた「巨龍山荘温泉会館」があったが、烏來に行って時間が許すなら入ろうと後回しにしていたら、結局は入らず仕舞となった。
烏來バス停から烏來老街を抜けて南勢溪に架かる橋を渡り、烏來観光台車(トロッコ)の駅に向かった。この辺りは「烏來風景特定區」という観光名所なのだが、平日で曇天のせいもあってか人が疎らで閑散としている。トロッコ駅の烏來站から、かわいらしい観光台車に乗って瀑布站までは数分で到着した。この観光台車は2015年の台風で被害を受け運休していたが、2017年8月に復旧したそうだ。
烏來瀑布を見学し、近所の売店で「烏來」銘柄のビールでひと息したが、このビールがやたらと高かったのを後で気づいた。ここでは台湾先住民タイラル族の踊りなどが見られるようだが、閑散としていてやっている気配もない。さらに上にある雲仙楽園へロープウェイで行くこともできるのだが、次の予定があるので再びかわいいトロッコに乗って、橋の袂の烏來站へと戻った。
本命の温泉だが、有名(?)な河原の露天風呂の「烏來温泉公共露天浴池」は、どこだと探したが見つからない。しかし、橋の上から見ると河原に湯気が上がっていて、川石で囲った野湯らしきものが見える。河原に下りようと道を探したら、河原への道と思われる下り坂は途中で鉄板のフェンスで閉鎖されている。あとで調べたら水利法に違反するとして、市政府が2017年5月に強制撤去したようで、公共露天浴地の撤去とともに河原への立ち入りも規制されたらしい。せっかく水着を持ってきたのに調査不足だった。
烏來老街に戻り、食堂で台湾料理をつまみにビールで昼食。老街には日本スタイルの「小川源温泉」があったが、ほろ酔いだったこともあり、さらには夜の予定が決まっていたので、入らずに台北に戻ることにした。
夕食は台湾一の超高層ビル「台北101(508メートル)」にある、小籠包が看板料理の点心料理店「鼎泰豊(ディンタイフォン)」の小籠包ディナーを予約してある。予約に間に合うよう台北への戻りは、バスで新店まで行き、新店站からMRTを利用して少し早めにホテルへ戻った。鼎泰豊はめちゃ混みで、予約してあったのに30分以上も待たされたが、料理は期待どおり美味しく、食後に台北101の展望台で夜景観賞もできたのでよしとしよう。
北投でようやく入湯
翌朝は、屋台風の店でお粥の朝ごはん。この日は台北北部の北投區にある「行義路」と、北投の日本スタイルの行義路温泉「山之林」巡りの予定だが、台北からそれほど遠くないのでゆっくり目にホテルを出発。例によって悠遊カードのお世話になってMRT淡水信義線の石牌站へ向かい、行義路行きのバスに乗り換えて行義路四のバス停で降りた。バス通りを少し歩き右折すると、急坂下り中ほどに山之林と掲げられた大きな入り口ゲートがあった。山之林は川湯、瀧乃湯とともに入湯候補に挙げていたので、そのまままっすぐ受付へ向かった。この辺りの日帰り温泉は食事をすると入浴が無料になるシステムもあるが、入浴のみを選択して中へ入った。脱衣所には洗面台やコインロッカーが設置されていて、日本と大差なし。浴室に入った右手には洗い場があり、シャワーとカランが5個ばかり。これまた日本式?
正面には一つめの四角い浴槽の温湯があったが、マッチョな爺さんが浴槽の縁に足先をかけ、通路側に身を乗り出して素っ裸で腕立て伏せをしている。左手奥には大き目の露天湯船が二つ繋がってあり、頭上は天幕でおおわれている。ほんのり硫黄臭のある白濁した湯が満たされていて、加水具合で熱めとぬるめの湯船に分けているようだ。さらに、その奥にはスイッチを押すと強烈な勢いで落ちる打たせ湯と、蒸し風呂風の小屋。そして、小屋脇にはなぜか鉄棒があった。
湯船巡りをしていると、さきほどのマッチョ爺さんが、鉄棒で懸垂を始めた。もちろん素っ裸で。この爺さん日本語を少し話せて、なぜだか私に一生懸命話しかけてきて、帰り際には脱衣所まで見送りにきてくれた。山之林の記憶が、マッチョ爺さんで塗りつくされてしまった。
山之林を出て坂道を下り、川沿いにぶらぶら歩く。この川は「石に黄」と書き、日本統治時代には近辺で硫黄を採掘していたそうで、対岸には遊歩道があり、あちこちで湯煙が上がっていた。「皇池温泉」の看板を見つつ「川湯温泉」に着いたが、川湯は純和風の佇まいを眺めただけで、心残りではあったが敷地脇を抜けて行義路三のバス停からMRTの石牌站へ戻った。
北投の湯をはしご
次の目標は、北投温泉の共同浴湯「瀧乃湯」。石牌站からMRTで北投站へ行き、そこで新北投支線に乗り換えて新北投站へ向かった。観光と入湯の前にまず腹ごしらえと駅前で入った食堂には、壁に「禁酒」の張り紙がある。仕方なくビールも飲まずにおとなしく食事したあと北投散策へ出て、北投公園を歩いていると「北投温泉博物館」に行き当たった。ここは日本の伊豆山温泉を模して大正初期に「北投温泉公共浴場」として建てられ、建築当時は東南アジア最大の公共浴場だったそうだ。その後、荒廃していたものが、1994年に小学生の郷土学習中に発見され、1998年に北投温泉博物館として設立されたという、歴史のある和洋折衷のモダンな建物だった。
博物館の近くには、水着で入る「北投温泉親水公園公共露天風呂」があるが、目指すのは裸で入れる共同浴場の瀧乃湯。木造平屋の入り口の受付で料金を払い、ロッカーのカギを受け取って中に入った。受付奥に脱衣スペースがあったが、廊下にロッカーを置いた程度でとても狭く、人が通るたびに着替えをストップするほど狭かった。浴室に入ってすぐ右手に洗い場の小部屋があり、浴室には中央に三方を通路で囲まれた五、六坪の湯船がある。混雑のせいか湯船を見ながら通路で休んでいる人が多く、湯船に入ってもなかなか落ち着かないので早々の退出となった。
瀧乃湯を出て、再び散策を続けて「地獄谷」に向かった。何気なく地獄谷と読んでいたがよく見ると「地熱谷」である。高温の源泉が湧き出ていている青白い池で、湯気が濛々と立ち込めている。この地熱谷の温泉と流れ出る川の滝で、かの有名な北投石ができるのだそうだが、130年で1センチメートル程度しか成長しないそうで、博物館には800キログラムの北投石が展示されていた。北投石は、含ラジウムの青硫黄泉(酸性硫酸塩泉)であるここ北投温泉と、秋田県の玉川温泉でしか産出されないらしい。
この日の夕食は「欣葉」という台湾料理のレストランを予約してあり、MRTで店に近い民櫂西路駅まで移動して徒歩で向かった。夕食後に近辺の夜店を覗いて歩いたが、有名な台北の夜市には疲れもあって行かず仕舞いとなった。
翌日は帰国のため朝には空港へ向かったので、楽しかったプチ温泉旅はこれでお仕舞い。今回行けなかった所や入り残した温泉は次の機会にと思ったら、しばらくは海外旅行に行けそうもない世の中になってしまった。温泉入湯をオンラインでというわけにもいかないしなぁー。
温泉達人会 会報2020 vol.14掲載の「台湾プチ温泉旅(鈴木富男)」より再編集で掲載
※情報は会報掲載当時のものです。
MRTの車内
観光台車
烏來瀑布
烏來ビール
南勢渓の河原の湯煙
台北101
小籠包のディナー
北投MRT
山之林
瀧乃湯浴室
地熱谷