三湯三様

 栃木県の温泉を、それぞれ別タイプの宿で三連泊しよう!
 ますは、腹ごしらえで那須高原のはずれにある大衆食堂「さつき」へ、いかにもな外観がしびれます。手前にテーブル席が三卓で、奥に広めの座敷席があって、地元の人が何人かもくもくと食べている。モツ煮定食を注文。野菜炒めの肉がモツといったところか。とりあえず、旨い。この手の食堂は大抵の場合、外観と味は反比例する。
 さらに、ウオーミングアップで「那須大丸ガーデン」に立ち寄り。那須ロープウェイの少し手前にある、お食事休憩所兼お土産屋さんの奥にある温泉。雑然とした店内でおばちゃんが心地よく受け付けてくれる。お風呂は中くらいの内湯に小ぶりの露天。先客はいない。単純硫黄泉のかけ流しで体感41度弱。湯あたりは肌にしっとりくる感じで心地よい。露天は体感39度くらいで、しばし忘却の時間を過ごす。
 1泊目の宿は那須湯本にした。そろそろチェクインの時間になったので、湯本まで下りよう。

那須湯本の民宿泊

 那須温泉郷は、那須町にある茶臼岳の山腹に散在する、栃木最古の温泉地。かつて、那須十二湯、那須十一湯とも称された時期もあったが廃業などを経て、現在、那須湯本温泉、新那須温泉、大丸温泉、北温泉、八幡温泉、高雄温泉、三斗小屋温泉の7箇所の温泉地を擁する(おおるりグループから経営が代わった高雄温泉については、リニューアルオープン準備中)。そのほか、那須高原には数多くの温泉宿泊施設が点在する、全国有数の温泉郷である。
 歴史的に一番古い「鹿の湯」があるのが、那須湯本温泉。那須温泉郷のほかの温泉地の多くが一軒宿であるのに対して、宿が密集する温泉街があり、なかでも数が多いのが民宿。民宿といえば、家族経営の小規模の宿泊施設であるが、那須湯本の民宿の大きな特徴は内湯をもたないこと。なかには内湯をもつ宿も数軒あるが、十数軒ある民宿の多くが外の共同湯を利用するという、古き時代の湯治文化の名残りを維持している。
 この地区に3つある共同湯のなかで、有名な「鹿の湯」は日帰り客に人気の共同湯だが、民宿街の中心にある「滝の湯」と少しはずれにある「河原の湯」は、いわゆるジモ泉で、組合員限定でしか入ることができない。しかしながら、民宿も組合に所属しているので、民宿の宿泊客は鍵を借りて自由に入るころができる。つまり、宿に風呂がないので内湯が外湯という、きわめて合理的な仕組みになっている。
 泉質は基本的に硫黄泉だが源泉が違い、滝の湯が「御所の湯」、河原の湯が「行人の湯」、鹿の湯が「鹿の湯」と「行人の湯」の混合泉で、すべてかけ流し。泉温は、鹿の湯が41度〜48度までの6つの湯船(女湯は48度はなし)、滝の湯と河原の湯は、42度から44度ほどに入浴者によって自主調整された、「熱つめ」と「ぬるめ」の2つの湯船がある。そしてそのどれもが、古く鄙びた共同湯の佇まい。ありきたりな温泉宿に慣れていると、こういった昔ながらの湯治スタイルや雰囲気が、新鮮に感じられる。
 宿泊した「小松館」は、滝の湯横の路地を入ってすぐに建つ。玄関では猫がお出迎え(ずっと寝ていたが)。民宿とあって規模は小さいが、旅館ほどの設備ではないものの部屋は掃除も行き届いており、難はない。民宿なので自分で布団を敷くのだが、その代わり風呂上がりに即ゴロンも可能だ。食事はご主人による地食材をつかった手の込んだもので、素朴ながらこの日は鹿肉の料理が二品ついた。部屋食というのもうれしいところ。
 寝る前にもうひと風呂と滝の湯へ。で、朝起きて滝の湯へ。焼き魚、納豆、卵焼きの日本の正しい朝食で1泊目を終える。

奥鬼怒の秘湯泊

 那須から鬼怒川上流を目指す。約2時間半で、県道22号大沢宇都宮線のどんつきにある女夫渕駐車場に到着。ここから送迎バスで向かう、日光国立公園奥鬼怒温泉郷にある「八丁湯(はっちょうのゆ)」が二泊目の宿となる。
 バスの時間にはあと30分ほどあるので、付近を散策。この場所には何度も来たことがあるが、かつて駐車場の前にあった「女夫渕温泉ホテル」の建物は、2013年の廃業後しばらくは残っていたが、今は跡形もない。鬼怒川にかかる橋の上から12箇所の露天風呂が見えたものだが、きれいに更地になっている。女夫渕温泉ホテルに泊まったのは、何年前だっただろうかと遠い目に。
 そうこうしている間に送迎バスが来て、県道から続く奥鬼怒スーパー林道を進む。この林道は一般車通行禁止で、奥鬼怒温泉郷にある宿、「日光澤温泉」「手白澤温泉」「加仁湯」「八丁湯」は基本、沢沿いの道か車道での徒歩でしかたどり着けない。ただし、加仁湯と八丁湯は送迎バスがあるので、一般客も多く訪れる秘湯だ。
 手白澤温泉と加仁湯には宿泊、日光澤温泉と八丁湯は立ち寄りで訪れたことがある。なので、徒歩も送迎バスも経験済みだが、久しぶりにこのあたりに来たくなって、まだ未泊の八丁湯を今回の宿とした。
 砂利道ゆえにバスはゆっくりとガタガタ走って、約30分で宿に到着。まさしく山の中の秘湯へ来たという感のある本館は、昔ながらの古めかしい木造だが、すぐ横に建ち並ぶ今風のログハウスが、秘湯感を中和している。部屋は新館の和室。本館二階の客間はもう使用してないのか、新し目の客室は秘湯のイメージとはかけ離れているが、これも時代ということでしかたない。
 お風呂は混浴露天と女性専用露天、それに男女別の内湯がある。混浴露天には手前に四角い石造りの「雪見の湯」、奥の渓流沿いに岩造りの「滝見の湯」。渓流には20メールほどの滝があり、湯から正面にその姿を見上げられる。滝見の湯の上部には、滝を間近に見ることができる小ぶりの「石楠花の湯」もあり、ブナの原生林に囲まれた野趣あるれる露天は、昔と変わらず秘湯の趣を維持しているようだ。
 男性の内湯はこの宿の最古の湯。4人くらいが入れる古びた石造りの湯船からその雰囲気は感じられるが、湯屋は改築されているので最古のイメージはない。女性の内湯は新築なのでさらに目新しいが、男性内湯よりも広くて雰囲気もよさそうだ。自然湧出の単純硫黄泉のかけ流し。体感で42度弱。
 夕食はお食事処で、一品重視の品揃え。ありきたりな懐石風ではなく、こっちのほうが秘湯っぽい。
 寝る前にもうひと風呂と滝見の湯へ。で、朝起き内湯へ。蒸し鮭、副菜、納豆、温泉たまごの、良い意味素朴な朝食で2泊目を終える。

川治のプチリゾート泊

 朝の送迎バスで女夫渕駐車場へ戻り、ここから1時間ほどにある川治温泉へ。「リブマックスリゾート川治」が、三泊目の宿となる。
 まだまだ時間は早いので、道の途中にあった日帰り温泉「四季の湯」へ立ち寄る。内湯はなく露天風呂のみで、それぞれ十数人が入れそうな湯船が二つある。アルカリ性単純温泉で、体感41度くらい。湯量は豊富そうで、新鮮な湯がかけ流しされている。
「リブマックスリゾート川治」は、かつての「源泉の宿 らんりょう」の代替わり経営。3本ある自然湧出の自家源泉のうち2本を使用し、毎分1,000リットル以上の単純温泉は、加水加温なし。4箇所の男女入れ替えの大浴場があり、湯温は40度強くらい。
 しかし、ここでは半露天風呂付きの客室一択。壺型の一人でゆったりな湯船に、自分で湯をためて温度調節をする。ぬるめにして、すぐ横を流れる男鹿川を眺めて入る自分好みの湯は、すこぶる気持ちがいい。唯一、対岸に建つボロい「登龍館」の見栄えはご愛嬌。以前、登龍館に泊まったときは、昭和な雰囲気の大浴場のぬるい湯につかりながら、対岸に見えたこちらの眺めはよかったが、反対だと朽ち果てかけている見栄えがやや景観を損ねる。それでも、心の赴くままに湯につかってのんびりするのにはうってつけ。何よにも宿泊料がリーズナブル。時期を選べば2万以下で客室露天ってなかなかあるものではない。
 食事はバイキングスタイルで、可もなく不可もなくだが、飲み放題プランがあるので呑むには困らない、のんびりしたい酒呑みにとってはうってつけの宿だ。
 それでも、大手予約サイトの評判はよくない声もあり、設備が古い、きれいじゃない、バイキングは遅く行くと料理が補充されていないなどなどと、けっこうな言われようだが、コストパフォーマンスを考えればそんなものでしょの範疇。こういう口コミにおいては、普段温泉にあまり行かない人の期待度と反比例しての悪口をよく見かけるが、どうしても経験値が少ないとしょうがない部分もある。自分的には対費用的にはもうしぶんないのだけれど…。
 寝るまで客室露天でまったり。で、朝食もバイキング。チェックアウトの11時まで、客室露天でまったりで3泊目を終える。
 3つの宿はそれぞれ別個性だったが、その特徴を含めて十分に楽しめた。もともと連泊好きではあるが、こうしたメリハリのある連泊もどきも、案外いけるかもしれない。

(text & photo by Shunji Izawa)



さつき食堂


那須大丸ガーデン


滝の湯


鹿の湯


小林館の夕食


八丁湯


八丁湯の混浴露天風呂


八丁湯の内湯


八丁湯の夕食


四季の湯


リブマックスリゾート川治


リブマックスリゾート川治の客室半露天


飲み放題バイキング